ずっとそこにいた。ただ、誰も気づいていなかっただけだった。
「言葉を持たない私は、何も考えていないと思われていました。でも、本当はずっとここにいたのです」――この言葉が、プロジェクトのすべてを表しています。

なぜ、このプロジェクトが生まれたか
特別支援学校を卒業すると、学びの場が大きく変わります。学校には授業があり、仲間がいて、挑戦する機会がありました。しかし卒業後、日中活動の主な場となる「生活介護」の現場では、体系的な「学び」の機会が十分に整っていないのが実情です。
重い障害があっても、内面には豊かな感情がある。「これが好き」「もっとやりたい」という声が、言葉にならないまま、毎日のどこかに潜んでいる。あいの実が問いかけたのは、そこからです。
そしてこのプロジェクトは、突然始まったものではありません。以前からあいの実の通所(生活介護)の現場で続けてきた、視線入力や各種スイッチを使った活動の積み重ねが、その土台になっています。
厚生労働省助成事業として始まった挑戦
社会福祉法人あいの実は、厚生労働省「令和7年度 特別支援学校卒業後における生活介護利用モデルの作成事業」に採択されました。実施事業所は「生活介護あいの実ブルーベリー」。医療的ケア児・者とその家族の一生涯に寄り添う複合福祉施設を舞台に、生涯学習モデルづくりを進めました。
目標はひとつ。重度障害のある方が、日々の活動の「主役」になれる生涯学習モデルをつくり、その成果を全国に発信できる「モデル」として形にすること。
「正答率」から「好きなことさがし」へ
プロジェクトが動き始めてすぐ、支援の視点そのものを問い直す転換が起きました。当初は、アプリを使った意思決定訓練を通じて学習効果を点数化する構想でした。しかし専門家の助言を得て、方針を大きく変えました。
重度の障害がある場合、○×の図形の概念さえ理解していないこともある。正答率で「学習」の効果を測ることは難しい。評価軸を、意欲や継続性に変える必要がある。
「スコアアップ」から「好きなことさがし」へ。この転換が、すべての扉を開きました。うまくいかなかった日も、反応が返ってこなかった日も、「失敗」ではありません。「この方法は合わなかった」「今日はこれが好きではなかった」という、れっきとした意思の記録になります。
意思を可視化する技術
重い障害のある方たちに共通して求められるのは、自分の「意思」を外に出す手段です。このプロジェクトでは、視線入力やスイッチ操作を中心とした ICT 機器を活用しました。
画面を見る「目」がカーソルを動かす視線入力。指先ではなく、わずかな体の動きで操作できるスイッチ。身体に合わせた固定具を 3D プリンターで試作し、一人ひとりのポジションに調整する。道具があれば、できることの輪郭が変わります。
そこに、岩手県立大学・伊藤史人先生が開発する視線入力訓練アプリ「EyeMoT(アイモット)」が加わります。さらに、現場の課題だった「準備にかかる時間」に向き合うため、iPad に対応した視線入力装置「Hiru(ヒル)」(IRISBOND社製)を使う構成も試しています。パソコンを使う構成とあわせて、選択肢を2つ持つという考え方です。視線だけで「線を引く」「色を選ぶ」を実現する専用のお絵かきアプリは、アプリ研究開発のパートナーである株式会社GEARが、Hiru と iPad を連携させて開発を進めています。現在はテスト配信の段階で、App Store での公開には至っておりません。起動から調整までの時間が短くなれば、医療的ケア児・者が集中を維持できる時間が増えます。

学びの実際
プロジェクトでは、複数の利用者がそれぞれのペースで取り組みました。一人ひとり、得意なことも、心が動く瞬間も違います。
「何に対しても無気力」と見られていた方が、好きな題材に出会ったとき、自分から機器に手を伸ばし、長い時間集中する。手元での操作が難しかった方が、その人の身体に合う方法に出会って、表情ゆたかに画面を動かす。覚醒が低く眠りがちだった方が、視線入力と振動を組み合わせたとき、別人のように目をひらく。
こうした変化に共通していたのは、「させてあげる支援」から「本人が主役になる場」への転換でした。
現場に生まれた変化
利用者の変化は、スタッフの視点をも変えました。最初は戸惑いや苦手意識があったスタッフが、「利用者の目が輝く瞬間」を目の当たりにすることで、自ら「どうすればもっと楽しめるか」を考えるようになりました。記録は文字起こしレコーダーとAIを活用して効率化し、現場の支援記録は100件に迫りました。
専門の学生より、お母さんたちが線も機材もつなげられる。なぜって。それは子どもを愛しているから
伊藤史人先生(ワークショップにて)
技術は手段であり、支援の本質はその先にある。伊藤先生のこの言葉に、スタッフの表情が緩んだといいます。
視線がひらく未来
このプロジェクトは、成果報告書と個別事例集としてまとめられ、全国の生活介護事業所が参照できる「モデル」として発信されました。
「言葉を持たない」「体が動かない」――それでも、視線がある。視線が動く先には、その人の「好き」がある。その「好き」を丁寧に探し、形にする支援の積み重ねが、「あいのきせき」です。
医療的ケア児・者たちが、今日も学びに臨もうとしている。その事実が、すべての源です。
関連する取り組みの方々
- 高橋俊史先生(東北福祉大学 共生まちづくり学科/情報福祉マネジメント学科 講師)― 学習評価軸の転換について助言。「好きなことさがし」の方向性を示した。
- 福島勇先生(熊本高等専門学校)― 「好きなこと探し」に臨む現場に伴走し、支援の豊かさを示した。
- 株式会社GEAR ― iPad対応視線入力装置「Hiru」と連携する専用お絵かきアプリ(Eye paint)の研究開発。
訂正について
2026年9月、本ページの記述を一部改めました。従来、パソコンを使う構成とiPadを使う構成を「重い/軽い」「これまで/これから」という形で書き分けておりました。しかし両者は新旧の関係ではなく、それぞれに向く場面がある選択肢です。誤解を招く書き方であったため、表現を改めました。あわせて、専用アプリの開発状況を現状(テスト配信の段階)に合わせて記載しております。